2015/06/18 Category : 心のスクワット 最近愚痴が多いなwめんご。 くつやのマルチン、という絵本がある。小さい頃その本が大好きで、何回も何回も読んでいた。なんでそんなに好きだったのか、どんな内容だったのかも今ではもううっすらとしか覚えていない。だけどたしかマルチンは靴屋の職人で、ひとりぼっちで暮らしてて、朝から晩まで靴を作ってた。で、マルチンの家は地下室だかわからないけれど、とりあえず部屋の窓からは通りをゆく人々の足元がよく見えた、とかだった気がする。そこである日、マルチンは不思議な夢を見る。神様が自分のもとにあらわれるっていう。そこで一日待ってみたけどなにもなかった。ただその日いつもと変わっていたのは、不思議なお客さんが来たり、少しだけ人に親切にした出来事があった。(全然詳しいこと覚えてないやw)神様のお告げは、気のせいだったのか?いや、本当はその人たちが神様で、姿を変えてマルチンのもとを訪れていた。そんなお話だった。もう一つ好きな物語があって、これは有名かもしれないミヒャエル・エンデの「モモ」。たしか登場人物のなかにおじいさんがいて、道のお掃除をする人だった。時にものすごく長い道を掃除しなくちゃいけない事があって、とてもそんな仕事はできそうにない、終わりそうにないと思う。だけど目の前にあるタイルを1つ1つ、ゴミを取ること、履くことに集中する。1つ1つを丁寧に丁寧にすると、いつの間にか、あんなに長い長い道だった所を掃除し終えている、という箇所がある。「モモ」の物語はもっと内容が深いけれど、私はそのおじいさんの箇所が1番心に残っている。なんでそれらの物語を今思い出したのかは分からない。ただ、今、階段下の部屋に住んでいて、隣のレストランからは夜になると洋楽や笑い声が聞こえて大家さんのうちからは6歳ぐらいの女の子のおしゃべりする声が聞こえて西の窓からは夜遅くまで食器のカチャカチャいう音や水の音、なにか食べているのかいい匂いがしたりする。部屋を真っ暗にして眠るとき、そんな音や声やにおいを感じていると、寂しいような、だけど辛すぎることもないような感覚になる。その感じがまさに、物語の登場人物の、孤独に何かと向き合うところ、に似ているのかもと心の隅で思った。しかしたくさんミスをした日はあれだね、ご飯を食べるのがいけないことのように感じる。食べずに寝たらフラフラになるくせに、ふて寝しようとしてる夜。すこし前に進んだと思ったら、うぎゃあああああやめてええええ……!と、ずりずり後ろにもどされるような成長速度。心の成長痛だよ~~~。血じゃなくって涙がにじむ、だけどこぼれない目尻岬。くそぅ、いろいろ悔しすぎる。 社交的なのに友好的でないところとか、分かってるのに出来ない、事がまだまだこんなにあるのはなんでだろうっていつも思う。それと今日びびったのは、日本人もカンボジア人も、ある特定の感情からうまれる目付きが一緒だったこと。なんだよおまえ、っていうあの感じ。どっかでよく見たことがある表情に凍りついたよ。だめだなー、近寄らないでオーラ出してるんだろうなー。こまったなー。明日明後日と、つまり木、金、土、日とカンボジアは休みらしい。知らなかったよ……wどうしようかなぁ、何しようかな。 [2回]PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword