2016/06/10 Category : カンボジア生活 焦っていたからドロッとしてたんだね 最近、ここんところ、ブログに暗いこととか愚痴ばっか書いていたなあと痛感。めんご。2年前くらいの過去の日記を読み返してみると、自分でいうのもあれだけどすごくおかしくって、いろいろ思い出したし、ああ楽しんでんだなあって感じだったwいろいろ見て考えて悩んでるな~って感じだったけど、今みたいな原因不明な凹みやめんどくさい感情は芽生えてなかった。だって、じゃあ今はどうなんだい?って自問してみたら自答したくない自分がいてもう、あースオスダイ。ネクラだからネットとかブログに悪口や弱音ばっか書きたれてていいとか勘違いしてる人になってる。くだらないね、やめよ。早急にやめよ。・ゲストハウスでのお仕事をやめてつくづく思う、「会話量や人との繋がりが激減」してつまんなくなった。これは確実。ほんとに同じ人間かと疑いたくなるくらい自分が様変わりした。あんときのほうが誰とでも仲良しになれたし、日々楽しいを発見する脳や目がきらきらしてた。「ちょ、こんな時間にビールと焼き肉食うかいや。おい、それは私の皿だ、食べる。」とか「いや明日は仕事があるからせめて3時半になったらクラブを出よう」とか若さの兵器でやってた、じゃなかった平気でやってた。単純にカンボジア、海外に来てすぐだったからかもしれないけれど、あの日々がとても恋しくなる。健康がとか体調がとか忘れて、すこしだけあの時のノリを思い出してみたくなる。・英語が喋れない、ことではなく会話の仕方が分からなくて悩んでるんだということに気が付く。日本語で話をするときもそう、特に集団でのおしゃべりは苦手。一対一だといいんだけど、何人かで会話をするときはほんとに貝のように口を閉じてしまう。興味がないとかではないのに、聴講する人、みたいになってしまう。これで時々辛い思いする。・これといった趣味が……昨日LINEで母さんと電話してて「あんた、海外おるのにもったいないよ!」って言われた言葉がまさにぐさりと刺さる。没頭する趣味がいまのところない。面白みのない人間だ、これはどこにいてもまずいことだと思う。・海外暮らしは楽しい。だけど同じくらい孤独になる時がある。ほんとは孤独じゃない、ただ人や外部、世界との繋がりが薄くなって寂しさを感じているだけなんである。かまってちゃんに残された道は己を深く知って開き直るか、孤独を感じないくらいあほになって遊ぶかかな。最近仕事をしていると、すごく焦りを感じる。1pxのずれ、色や文字や形を修正し続けること、ずっとオフィスの中でキーボードを叩いていること。窓を開ければ入道雲や、ゆれる木の葉、風を感じることもできるのに。進みたい方向に帆がはれているか、かじが切れているか、コンパスの向きは正しいままかどうか少しだけ気になる。ちょっと、やりたいことが薄れているんじゃないかって気になる。うーん、結局また最近のぐらついた感じの文章になっちゃったけど、もうすぐ新しい環境にうつることになるし、なんかいいこともあるでしょう。2016年の6,7,8月は九紫火星の私にとってすっげー災難な3か月を迎えるらしいけどなんとかハッピーに生きよっと^^もうごちゃごちゃ考えたり悩んだりせんぞ!友達におすすめしてもらって読んだ「獣ノ奏者」でさらに拍車がかかったというか、生きている感がもっとほしくなった。ていうかあの物語すごくきれいだった。頭の中に浮かんだ景色や音や色や生き物に、ひさびさに胸がときめいた。どんとこいだこの野郎。もうめげんぞ! [0回] PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword